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2010年1月

ブルームーンの夜に起こったこと 

今年の結婚記念日は日曜日なので、

どんな風に過ごそうかなあと思ったのですが、

計画するのはやめて、どんな風に過ごせるのかなあと

ワクワクする気持ちのまま、どう過ごしたとしても、

楽しく過ごせるに違いないと完璧に信頼する気持ちのままに、

実際にどうするか、どうなるかはお任せにしておきました。




週末の夜、授業のプロジェクトやその他で、家の中が子供だらけ

だったので、子供たちの夕食だけ作っておいて、

珍しく8時に仕事から帰ってくると連絡のあった夫を、

駅で拾ってそのまま出かけました。

急に、二人でほっとできるお店で食事をしようと思い立ったからでした。




カウンターの隣に三人家族が座っていて、板さんとの会話から、

3歳のお嬢さんの誕生日のお祝いだということがわかりました。

ろうそくに火のついたケーキが運ばれてきて、妖精のように愛らしい

女の子は、お客さんの祝福も受けて、輝いていました。

若いお母さんは本当に感じの良い大人っぽい人で、

お父さんはとても個性的で、とてつもなくエネルギッシュな人のよう・・・

いい家族だなあと思いながら、私たちは隣でのんびりと食事をしながら、

ポツリポツリと話をしていました。

金曜日の夜は、夫も私も心がどこかに行ってしまうのですが、

静かにそうできる場所に、二人でいられること以上に幸せなことは

ないと思いながら・・・・




突然、(うるさくしてすみませんね!)とご主人が話しかけてこられたので、

(いいえ、楽しそうでいいですね) と夫が答え、それからすこしお話をしました。

ご主人は、(私は66歳なんですよ。63才でこの子を授かったんです。)

と嬉しそうに目を細めていらっしゃいました。




板さんの82歳のお父さんが先月亡くなられたのですが、お店があって

帰れなかったと聞きました。

隣の席のご主人が、板さんとは32年前からのおつきあいで、

板さんは一人でアメリカに来て、寿司職人一本で店を持って続けてきた、

男の中の男として惚れている、数少ないうちの一人だと話していました。

夫が板さんに、背中が照れまくってますね、と笑っていました。

不思議なことに、同じ言葉をその日の夕方にも聞いたような気がしました。

ご主人を亡くされた方が、(あれほどいい男は他のどこにもいなかったの!)

と、今もご主人に恋をしているキラキラのまなざしで話してくれた言葉と

重なりました。




隣の席のご主人が、(今日は人とのつながりがこんなに嬉しいものかと

思うし、こういう時間を過ごせることはどんなに幸せなことかと思いますね)

と話された時、悲しみも喜びも、お祝いの気持ちも悼む気持ちも、

今までのこと、これからのこともすべてが包まれて、祝福されているような

気持ちになりました。

その言葉にはとても素直な心が一杯に込められていたので、

私は思わず涙がこぼれました。




後でわかったことですが、その方は浅田克治さんという、世界的に

活躍されているグラフィックデザイナーの方でした。

結婚記念日のお祝いに、そんな言葉を聞かせてくださる方と

同席できたことに感謝一杯です。

やっぱりホーリースピリットは、私の想像以上のことをプレゼント

してくれたのでした。




そして、お勘定が済んでから、(今日は結婚記念日の祝いで来たんですよ)

と板さんに話していた夫のことも、ちょっと粋だなと思ったのでした。wink



その晩はブルームーン・・・・

今年一番大きなお月様でした。

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コメディーのような、次女の腕組み姿

学校から帰ってきた子供たちが、毎日おやつを食べながらとか

夕食を食べながらいろいろな話をするので、そのたびにお腹を

抱えて笑うことになります。

次女は、放課後のクラブで演劇とダンスをやっていて、

一年中、帰りが6時から8時になるのですが、

その日は迎えの車の中で大きなため息をついたので、

(どうしたの?) と聞くと、

(話すとママは私が悪いんじゃないの?って言うから言わないよ。)

と一言。

(なるほどねえ、ありがちだよねえ。)

と他人事のようにうなずく私。

家にもどってから、次女は長女に向かってひとしきり話したあと、

(こういう時は英語のみ、私には通じないティーンの会話です。)

気分を良くしたのか、夕食の時にみんなに話してくれました。

ダンスの練習の時に、担当の女の先生が、アジア人の生徒

二人だけを最後に残して、あななたちにはForeignでしょうけど・・

(あなたたちにとっては、なじみの薄いダンスかもしれないけれどね。)

と言って別枠で練習させたことに、お冠だったようです。

比較して、アメリカ人の生徒のダンスを褒めちぎったのも

気にいらなかったそうですが、褒められたアメリカ人の親友も

一緒に怒ってくれたそうで。

先生がそういう発言をするのって、人種差別につながるということで

子供たちも敏感なのです。



で・・・そのあとが可笑しいのですが、

次女がどうしたかというと、その先生から指示されたことは

一切聞かずに、腕を組んで片足を投げ出すように立ったまま、

そ知らぬ顔をしていたそうで。 つまり無視したってことですよね。

思春期真っ盛りの次女のそういう態度は、時々家でも見るのですが、

もちろん、わがままでやっている時には叱っていますよ。

ただ、それを先生にあからさまに出すとは思いもしませんでした。

15歳の次女の精一杯の反抗というか、主張というか、

その姿を想像すると、私は吹き出してしまうのでした。

ダンスの先生はきっと、バレエ系の次女のダンスをジャズダンス系に

変えてほしいと思われたのでしょうね。



殆どが白人の学校の中で、マイノリティーとして微妙に人種を

感じさせられることがあっても、ひるまないどころか、

アメリカ人の子供たちも味方につけてしまうところを

強いね、すごいねと思ってしまう、親ばかな私なのでした。



でも次女のその姿・・・・

ほんとにコメディーのようで笑えます。

先生、ほんとにごめんなさい!

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黄色のチュ-リップと粕酒



花びらが開く前の鮮やかな黄色のチューリップからたくさんの愛をいただいて・・



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この時期になると飲みたくなる粕酒にほろ酔い気分です。

ブラウンライスシロップで甘みをつけて、生姜の絞り汁を加えました。 






 

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今晩は、寝る前にヨガを1時間やって休むことにしまーす。











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ハイチの地震と森でのヒーリング

ハイチの地震が起こってから2週間が経とうとしています。

最初のニュースが飛び込んでから、ハイチが最貧国だと

初めて知るような世界情勢に疎い私でした。

10万人以上の被害者が出ていることや、インフラが整っていなくて、

救援や物資が届きにくいこと。

30度以上の暑さの中で3日以上も飲まず食わずでいる被災者の人

たちを映像で見るだけの自分。

とても虚しくて、悲しい思いになりました。

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こんな時、私が見ているものは何なのだろうかとステップバックして

みると、私が抱える恐れや不安を投影している以外にはない

のだろう・・・と思うのでした。

どうしたら救いがあるのかわからないので、ホーリースピリットに、

どうか完璧な世界を見せてくださいと、お願いをしました。


そして、ヒューレン博士のホ オポノポノを実践してみました。

ありがとう、ごめんなさい、ゆるしてください、愛しています

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地震から2日後に、長女と次男の友達の家族に悲劇が起こり

再び胸がえぐられるような気持ちに突き落とされました。



悲しい出来事が続いて、そのことをどう受け止めていけばよいのか

自分ではどうすることもできないので、再びホーリースピリットに

平安を見せてくださいと、お願いをしました。

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そんな時に、次男が iTunes でアメリカンレッドクロスに募金を

したいから、ママのクレジットカード番号を使わせてねと、その分の

現金を自分のお小遣いから持ってきました。

それで、夫と私からの募金も次男に頼んで、赤十字に送って

もらったのです。

募金が何に使われるかは赤十字にお任せなのですが、私は

どうぞ赤ちゃんたちのミルクに使われますように!と祈りました。

食料のない母親から母乳が出なくなるのは時間の問題で、赤ちゃん

たちが飢えるのはたまらなく思えました。

目の前で子供たちが衰弱していくのを見ることほど、母親にとって

つらいことはないと思うからです。

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11歳の次男に友達の家族に起こったことをどう思っているか

聞いてみました。

次男は、起こったことが大事なんじゃなくて、家族が急に

いなくなるのはとっても悲しいことだけど、一番大事なのは、

友達がこれからも元気に生き続けることだと思うよ。

と答えました。

私はこんな時、自分だったら将来の教育のことを考えたり、

住まいのことまで考えるだろうと思うのですが、子供は

そういった過去の記憶を持ち出したりしない分、恐れや心配に

毒されていないのかなと思います。

子供のようにある・・・ということ。

今回は、次男の行動と言葉に救われた思いがしました。

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アメリカの学校には、生徒の家族に急な助けが必要な状況に

なった時に、その一切を取り仕切る委員会が、親のボランティア

によって構成されています。

家族が、問い合わせの電話やメールの対応に忙殺されることもなく、

何かさせてもらいたいという好意を、混乱なく届けることが

できるようになっています。

今回も、すぐにお子さんたちのためにスカラーシップファンドが

立ち上げられて、寄付はそこにされるようになっています。

しばらくは調理の時間が取れないであろうご家族の夕食を

寄付するボランティアもあって、誰がいつ届けるのか

コーディネートされるようになっています。

アメリカ人の助け合いの精神は本当に見事だと思います。

こういったことで、私が悲しみに沈んでいる間にも、次々と世界は

動いていって、私にも小さなシェアの機会を頂けたのでした。

今回のことで気づいたことは、やはり世界は愛で動いているのが

本当のところなのだということでした。

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ハイチの地震から10日後に、父と同じ年齢の84歳の女性が

瓦礫の中から助け出されるのをニュースで見ました。

脱水症状はあるものの、容態は安定しているそうです。

何て強い人たちなんだろうと思います。

分かち合いや助け合いの愛の心を教えてくださっている、私の

教師のような存在の人たちにしか見えないのでした。



長女と次男の友達は、1週間後に笑顔で登校してきたそうです。

本当にいい子達で、今までも、その笑顔と優しさでどれだけの友達を

勇気付け、笑わせてきたことでしょうか。

ここにも強い魂を持った天使のような子供たちが存在しているとしか

思えないのでした。



可愛そうな人や、悲劇の人はどこにもいなくて、悲惨な状況も

どこにもない・・・

あるとしたら、状況や出来事に執着して心を曇らせている私が

いるだけなんだ・・・・・

そう気がつかせてくださった勇気ある魂に感謝します。

ヒーローを求めたり期待するのでなく、微力でもめげずに

できることを自然にし続けられますように。

一方向的に助けるというニュアンスではなくて、お互いに愛を

感じあう体験でありますように。

私が私の限界を知っていると思っているよりも、

もっと存分に神様に使っていただけますように・・・・・と祈ります。

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週末に次男と友人家族と一緒に森で遊んでヒーリングをしてきました。

森はもうすでに春の準備が始まっているような気配でした。

ヒーリング中、とてもやわらかい地球の息遣いを感じ取れたような

気がします。

一言いただいたメッセージが、友人が感じ取ったことと

一致していたので、ああ私たちはやっぱりみんな一緒だ!と

森に、そしてすべてが完璧であることに感謝しました。

 

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千人のヒーリング 光明皇后の伝説より

子供の頃に読んだ、日本の歴史漫画シリーズで

とても印象に残ったところがありました。

奈良時代の光明皇后のお話でした。

きっかけとしてはいろいろな理由が挙げられていますが、

千人の、皮膚の病を持つ人の体を洗ったという伝説です。

最後の人はハンセン病を患っていましたが、膿を吸って

体を洗ったところ、あしゅく如来に姿を変えたということです。



幼心に、私にもできることはないかなあとずっと思ってきました。

小学生のときは、友達を誘ってバス停に吸殻入れを取り付けたり、

遠足に行った先で、クラスのみんなを巻き込んで

自由時間を全部使って、ゴミ拾いをしたりしていました。

高校生で習った点字、大学生で習った手話はすっかり

忘れてしまいましたが、大学で打ち込んだボランティア活動で、

今も養護施設とのつながりがあり、園長先生を

心から尊敬しています。

当時私は、相当生意気だったと思います。

今もそうなのかも・・coldsweats01

その頃、同じ活動で夫と出会いました。

結婚後も10年間、地域のボランティア活動に、仕事のように

打ち込んで、子供たちはある意味ほおったらかしでしたが、

愛情深い、老若男女の方たちに恵まれて、4人とも幸せです。


昨年の7月にエネルギーヒーリングとリーディングを

教えていただいてから、半年がたちました。

出会わせていただいた方から、150回のヒーリングの機会を

いただき、心から感謝申し上げます。

子供たちの活動が様々にわたると同時に、自分たちでは

まだ運転ができないので、送り迎えが必要な日々の中、

1回のヒーリングが10分間というのが、有難いのです。

私の望みは千回のヒーリングをさせていただくことです。

子供の頃の、光明皇后の伝説との出会いが、

ワクワクとした喜びの灯火として、胸のところに

輝き続けていることがしみじみと嬉しいです。

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歯の検診後のホメオパシー    ヘナとマクロビの新春デトックス 

先週、歯の検診に行ってきました。

歯のクリーニングをして、レントゲンを撮って

虫歯がないか診ていただきました。

先生から、なぜか上の両奥歯あたりの歯茎だけに

出血がありますね。と言われました。

時差の影響で浮腫んでいたのかなと思いましたが、

おそらく、上の奥歯のフロスがやりにくくて、しばらく

いいかげんになっていたからだと思います。

歯茎の状態って毎日のお手入れが如実に表れるものですね。

アメリカに来た最初の頃は、今まで治療した歯のやり直しや、

気づかなかった虫歯の治療に、足しげく歯医者さんに通う

ことになりました。

フロスも、最初は歯と歯の間に通すくらいだったのが、

歯肉のポケット・・溝のところまで綺麗にするようになり、

歯茎の健康にも意識がいくようになりました。

日本でも、歯の健康指導を受けていたと思うのですが、

アメリカで良かったと思うのは、予防が徹底していて、

半年に一度の歯科の検診の時期が来ると、

歯医者さんから連絡があることです。

今回は、上の奥歯の歯茎に軽い麻酔を塗ってもらって、

痛みもなく検診が終わりました。




その後、自分で髪を染めたところ、翌朝起きてみると、

喉がかなり腫れて痛くなっていました。

私は、インドの植物染料のヘナを使って染めています。

待ち時間が長いので、冬は肩先が寒いこともあって、

風邪を引いたのかなと思いましたが、

ヘナはデトックス効果があるそうなので、

出切れないものが喉で滞っているのかもしれないと思いました。

ならば、これは新年の微調整だと思い、マクロビを

思い出しながら、穀物や豆や野菜の料理を少しずつ食べて、

お番茶をたくさん飲み、梅干や生姜や葛なども摂って、

体のデトックスタイムとなりました。

マクロビって精進ではありますが、美味しい食材が本当に

たくさんあるんですよね。

歯科治療のあとに、風邪を引いたような症状が出ることも

あるそうなので、念のため、歯茎を触った時や、麻酔の

毒だしなどに効果のあるホメオパシーも飲んでおきました。

お蔭様でのどが痛いのは2日間で治まり、その後2日間は

だるさがありましたが、もう普通に過ごしています。

自己流のマクロビでしたが、体が軽くすっきりとする感覚に

大満足でした。



タイミングよく、今月末から、野田清美さんのKIJXコースを

受講することになりました。

今まで自己流のなんちゃってマクロビ料理でしたが、

ここらでちょっと、まじめにお勉強したいと思います。

みんなそれぞペースは違っていいと思うのですが、

肉食から少しずつ離れていくためです。

私には、ヒーリングをするためには欠かせないと実感しています。

次男は成長期で、献立にお肉がないと満足できませんが、

娘たちはすでに野菜のほうが多くないとがっかりしますし、

日本の長男もお肉よりも魚が好きです。

肉や魚と同じような食感の食材や味付けの料理法を学んで、

野菜の料理で食卓を賑やかにしたいなというのが、

最初の目標です!

我慢はできない性質ですし、食いしん坊なので、完璧にとは

思っていません。

どこかで血のしたたるステーキにかぶりついている私を

見かけたら、笑ってくださいね。  アハハ、ジョークですheart04

事実、少量の動物淡白を摂らないと、体が衰弱する

タイプなのです。それもマクロビによって、どんな風に

体が変化していくのか実験感覚で楽しみなところです。

女性にとって魅力的なダイエットや美容にも効果抜群だと

思いますし、体も心もそしてスピリットがキラキラと輝いている

のを実感できるような、穏やかで美しい生き方の基本として

学んでいきたいなと思っています。

ワクワク・・・楽しみです。

清美さん、四十の手習いの頃もとうの昔に過ぎておりますが、

どうぞお手柔らかにご指導のほど、よろしくお願いいたします!

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わかっていないということを、わかっていない・・

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元旦の富士山  夕焼け




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父が育てている観葉植物






毎日、いろいろなことが起こって、

わたしの胸が痛んでいるところをみると、

私がわたし自身のことを

わかっていないということ・・・・を

わかっていないのだと思う。

遠くで起こっているように見えることも

近くで起こっているように見えることも

同じように、私の投影なのであれば、

駆けつけて調和を促すことよりも

私の内面から先に、

恐れや心配からではなく、

安心と一つになって、

意図なく在ることができますように。

そして、至福にあり続けることが

許されますように。

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大晦日のスピリチュアルヒーリング

大晦日に友人の紹介で、Yさんのヒーリングを

電話でさせていただくことになりました。

Yさんより了承をいただきましたので、

少し内容を書かせていただくことにします。

初対面のYさんですが、以前に写真を拝見していたので、

何となくではありますが、イメージがありました。

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少しお話をしてから、いったん電話を切って

遠隔でヒーリングをしている最中、

いろいろなことが心にぽっと浮かんできます。

普段は忘れっぽい私なのですが、書き留めなくても

なぜか忘れることはありません。

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今回はたくさんのメッセージをいただいたのですが、

その一つに、5歳のお子さんの子育てについて、

‘将来おおらかな人に育って欲しいけれど、

どんな風にしていけばよいのでしょうか‘

という質問をいただいて、

ヒーリング中に、‘かあちゃん‘という言葉が浮かんできました。

まだ5歳のお子さんに、昔のおかあちゃんという言葉が

象徴するような、

母親自身が日々の暮らしに地に足の着いた、

腰の据わった子育てをして、

食べる、遊ぶ、寝るという基本的なことをしっかりさせていれば、

どんな環境でもたくましく生き抜く強さとおおらかさを

身に着けていけるのでは?

そんな風なイメージが沸きましたので、言葉にしてお伝えしました。

その時、実はYさんの写真の可憐な様子から、

‘かあちゃん‘という言葉を使うのに抵抗があったのですが、

数日後、Yさんからメールをいただいて、

若くして亡くなられたご主人が、お子さんが話せるようになった時、

とうちゃん、かあちゃんと呼ばせて育てたいと

話しておられたそうで、Yさんは‘かあちゃん‘という言葉を聴いて

鳥肌が立ちました・・・と教えてくださいました。

Yさんのヒーリングを通して、

ACIMのクラスで繰り返し教わっているように、

そもそも心は離れることは不可能で、

スピリットは常に一つだから、

愛の想いは、本当は存在すらしない時間と空間を超えて

通じ合っているのだと改めて感じました。

Yさんのご主人を想う心、常にご主人の想いをたずね続けて

懸命に生きていらっしゃる姿、お子さんへのまっすぐな愛情。

そんな潔い美しい想いがストレートに伝わってきて、

感動で胸がいっぱいになりました。

2009年の最後の日に神様がくださった出会いに感謝しました。

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‘大包平‘ 侍アート展 於メトロポリタンミュージアム

国宝 ‘大包平‘ おおかねひら

平安時代の刀工、 包平によって作られた刀

その刀をどうしても見ておきたいと言う夫の運転で

最終日の日曜日、メトロポリタンミュージアムの

サムライアート展に行ってきました。

大包平に見入っていた夫の感想は、

吸い込まれるような美しさと、思わず指を刃に

当ててみたくなるような、ぞくっとする妖しさがある・・・

なのだそうです。

昨年この展覧会で2週間に限って、国宝の

畠山重忠の赤糸威大鎧の展示があったのですが、

一番見たがっていたのに、

残念ながら足を運ぶことができませんでした。

青梅市にある武蔵御嶽神社に奉納されているので

見ることは可能だそうです。

変り兜のデザインにユーモアがあっておもしろく、

秀吉の派手な陣羽織の刺繍もすばらしいのですが、

鎧の下に着る直垂の染めは、辻が花だったので、

じっくりと花や草の文様を見てきました。

座って子供たちに詳しい説明をしているお母さん。

スケッチをしている若い学生さん。

図録をじっくりと読んでいる初老の男性。

日本人以外にもこんなに興味を持っている人が

いるのですね。

Shopに、葵のご紋の柄のネクタイがありましたが、

三つ葉葵はさすがに日本で身に着けるのは気になりますね。




駆け足で少しだけ、広く印象派に入る画家の作品を見てきました。

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Water Lilies 1919   

Claude Monet

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Gray Weather、Grande Jatte ,ca.1866-88

Georges Seurat 

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Irises  1890

Vincent van Gogh

Metで以前販売していたこの絵のコピーは、

本物と大きさが同じで額も良くできていて、

絵の好きな友達が帰国のときに置いて行ってくれました。

長い間、我が家のリビングの壁を飾ってくれていました。

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大晦日の築地市場 場外

おせち料理を義母が作ってくれている間、

夫と築地市場にお正月用のお魚を買いに行きました。  

まずは‘すし富‘でお腹いっぱいに。

31日は場内はお休みなので、場外だけですが、

大晦日の午後2時ごろまでに売り切ろうという

お店の人の呼び声と、まっすぐ歩けないほどの

買い物客に揉まれながら、年の瀬の盛り上がりを

満喫してきました。

この時も、何となく良さそうな感じだったので、

‘鮪 藤田‘  というお店に立ち止まったのですが、

あとで、昨年のNHKの番組の

‘プロフェッショナル 仕事の流儀‘ に出演していらした、

藤田浩毅さんのお店だとわかりました。

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活気のある気持ちの良いお店でしたし、

若いお兄さんたちが築地の仲買人さんらしい

いい表情をしていらっしゃいましたよ。

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お寿司屋さんならば、一巻の値段が驚くような大トロも、

養殖ではありますが、100グラム、1600円。  

サクで、400グラム程購入しました。

8人分なのでこれでも少なめかもしれません。

私は大トロは苦手なのですが、藤田さんのは養殖でも

油っぽくなくて、とても美味しいものでした。

他のお店で見つけた鮪のブツは、大トロや中トロも入っていて、

100グラム、500円。

漬けにするなら、十分以上の美味しさでした。

いろいろと見て歩き疲れて、隣駅の汐留でしばしの休憩を。

浜離宮庭園が見えていますが、1階にはマクロビカフェもあります。

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どこに行っても食べ盛りの子供たち・・

だけでなく夫も食べっぷりが良いので

食料調達に忙しいのでした。

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明治神宮とスピ友

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年の瀬・・・

北九州から羽田に向かう

飛行機の中からの富士山です。

富士山を、上から見下ろしてごめんなさい。

そして翌日、明治神宮へ

大晦日から三が日にかけての賑わいが

まだ嘘のような静けさです。

おみくじには、どれほど忙しくとも

心をゆったりと持つように・・・

とありました。

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原宿は何年ぶりかわからないほど来ていませんでした。

当てもなく歩いて、自然とたどり着いたお店。

案内されたテーブルの真ん中には

蓮の彫刻が・・

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そして、すぐ横には  鳳凰の彫り物!

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ふと目をあげると

ドラゴンのシャンデリア・・・・・

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彼女と一緒にいると、たいていこういうことに

自然となるんですよね。

友達に感じる、日本の神々や

マリア様のエネルギー。

宇宙人のようだとよく言われる私。

二人とも巫女タイプなのかもしれないですね。

今のところは肉体の目には

見えにくいかもしれないけれど、

すべての人々の本質を象徴するような

聖なる意識存在、植物や伝説の動物たちに

こうして見守られているのですね。

積もる話が尽きなくて、

子育ての話だけであっという間に4時間。

駅のプラットホームで、別れ際の会話中、

瞬間的に遠くから、

その会話を眺めている自分を感じ、

以前その会話を夢で見たことを

思い出しました。

そして、夢で見たその会話が

終わったところまできた時、

解決策が見つからないまま

目を覚ましたことも思い出して、

今度は一切頭で考えずに、

ホーリースピリットに

お願いしてみようと決めたのでした。

そうすると、次の瞬間、

今までつながらなかった方法が

私の口から言葉になって現れてきました。

そしてそのアイデアは、私の心にすっぽりと

暖かく落ち着いたのでした。

このアイデアは頭で考えると???なのですが、

きっとやってみることになると思います。

こうしてまた、彼女は私のスピリットをむき出しに

してくれたようです。

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父の誕生日 84歳

山口の父が84歳になりました。

今年も自分の誕生会を、全部自分で計画した父。

12月中旬に東京から父のところに遊びに来た

大学生の長男と、父の77歳になる友人と3人で

下見をして、時差ぼけの私たちにも食べやすい

メニューを決めてくれたそうです。

父と食は切っても切れなくて、しかも

常に宴系のエネルギーなんですよね・・

父を満足させた母はすごかったと思います。

私は、家庭版お惣菜系の夫で良かった・・アハハ!

でも、父も私たちも、もう1度母の心がいっぱい

詰まった料理を食べたいなあと思っているのです。

父の気持ちなので、折角だからお料理のいくつかを

写真に載せます。

鮟鱇の肝の西京焼き

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父は春に退職したあと、2人だったり

4人だったりのグループでウォーキングに勤しみ、

県内の史跡めぐりをするうちに、

南九州まで足を伸ばしました。

どこにそんな元気があるのでしょうか!

ふぐの薄造り

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お箸を入れてしまった後ですが、

  雲子と松茸のお吸い物

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5ヶ月仕事を休んだら、再び乞われて週に2日

今までより近くて新しい病院に勤務するようになりました。

かつての仲間が入院している老人医療の現場で

いろいろと考えさせられるそうです。

ふぐをお皿にして、ふぐの身と茸と味噌味のグラタン

これって初めて目にしました。

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私がまだ物心つかない頃に、父に助けられたという

小倉の方がわざわざ来てくださったり、

仕事の話はまったくしない父ですが、

一生懸命働いてきたのだと思います。

父へのリーディングが、自然に降りてきたような

感じだったので別れ際に伝えました。

冒険心や、情熱って体の年齢にはぜんぜん

関係ないのですね。

私のほうがよほどひょろひょろしています。

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元旦の富士山 

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義母の家から見える元旦の富士山です。

お正月は空気も綺麗で、東京からも

富士山が良く見えるんですね。

思わず手を合わせてしまいました。

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そして、2日にNYに戻って来ました。

JFKに着いて、外に出たらマイナス4度。

風が強かったので体感温度はもう少し低かったかな?

思わず笑ったら前歯が凍りつきそうでした。

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成田で飛行機に乗る前に、夫に5分ほど肩をマッサージ

してもらったのが良かったのか、

飛行機の中で7,8時間も眠れました。

一時帰国の前日に冷凍庫に保存しておいた

簡単な料理や食材があったので、

待ったなしでお腹を空かせる家族に

食事の用意をするのも簡単でした。

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今回の一時帰国では、12月のACIMで習った中の、

自分で何も決めないというのをやってみました。

今まで起こったこと、過去の経験を

すべて大いなる存在に捧げて、

自分のエゴで決める基準を持たないように・・

ということをしてみました。

目の前のことをそのままを受け入れて、

心穏やかでいられる状態を選べるように

大いなる力にお願いをしました。

何かにかられて、うっかりと飛び込んでいくこともありましたが、

穏やかでいられないことを、人や環境に投影して

じたばたしている自分を観察することが、

とても勉強になった一時帰国でした。

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